風景は人間の原点~風景の理解は復興への道標

齋藤 潮   東京工業大学 工学部 社会工学科
風景論 /研究領域:風景観史、地域景観計画論 ]

故郷とは何か、場所とは何かを、風景をテーマに考えるのがわたしの関心のひとつです。わたしは地方都市の出身ですが、中学・高校の頃は、生まれ育った地の眺(なが)めや自分の家というものにさほど関心はありませんでした。しかし大学入試の模擬試験受験のために上京したあたりから、少しずつ変化しました。それまで1人で長旅をしたことがほとんどなかったわたしは、1975-6年当時、まだ上越新幹線がない頃に、長い時間をかけて故郷の駅と上野駅とを何度か往復しました。

ある夏の日、試験当日の深夜に上野発の寝台急行列車で帰途につきました。その列車は早暁(そうぎょう)に故郷の県内に入り、寝台横の通路の大きな窓の外には、広々とした田園の南を縁取る山々が、実家のある市街からのそれとは違った配置と大きさで見えていました。山々は列車が進むにつれて少しずつ様子を変え、降車駅に近づくころにようやく見慣れた配置と大きさに落ち着いたのです。このとき、ふと安堵(あんど)したことを覚えています。そして、この旅程に意外に緊張していたのだなあという思いが起り、ふだん、なんということもなく見えていた、ただそれだけのはずの山並みに見慣れた面差(おもざ)しを見いだしてほっとしたことに戸惑いました。

故郷の風景。わたしにとっては見慣れた、よその人から見ればそれほど重要とも思えないだろうけれども、わたしの喜怒哀楽に立ち会ってきた風景。後年、その意味をきちんと考える必要があるように思い、地形とその眺めを解析するいっぽうで、故郷への人々の想いを文学作品や絵画などの表象をとおして解読する作業を続けているというわけです。

東日本大地震では、とくに太平洋岸の人々の命も資産も多く失われました。資産というよりも、慈(いつく)しんできたものが失われた心の痛手がさらに大きいように思います。復興計画の行方が気がかりですが、それが故郷の風景とどうつながり、あるいはどのような決別を迫るのかが問われるだろうと思います。

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さいとう・うしお/1957年山形県生まれ。
風景は人間が環境を眺めるバイアスです。そのバイアスには個人差があるとともに文化による差もあります。このバイアスを明らかにすることを基礎として、まちづくりや地域づくりの方途を模索しています。

被災された生徒・先生方へ

盛岡の知人が三陸方面の復興支援活動に従事しています。なんとしても現地を見よという彼の意見に従い、被災地にて思いました。変貌した故郷の再建は、行政や専門家の提案よりも、その土地に長く親しんで山河の眺めを心身に映じてきた人々がそれを強く望むことから始まるのだと。

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