天を恨んでも仕方ない~開拓者としての人

佐藤 文隆   甲南大学 理工学部 物理学科
理論物理学 /研究領域:ビッグバン、ブラックホール、宇宙線 ]

■孤独で自由な開拓者~宇宙論が人を相対化

気仙沼市の中学校での卒業生の答辞が共感を呼んでいます。「自然の猛威(もうい)の前では人間の力は余りにも無力で」自分たちの大切なものが奪われて悔(くや)しいが、「天を恨(うら)まず、運命に耐え、助け合って生きていくことが私たちの使命です」。災害の惨禍(さんか)のまっただ中で、基本が全くぶれていない立派な答辞です。同じ日本人として、また高校まで山形県で育った東北人として、なにも出来ないわが身の無力さを歯がゆく思うが、この答辞のYou-Tubeをみて、「私が宇宙の物理学をやってきて納得した、自然と人間の関係について言って来たことと同じだ!」という思いがこみ上げました。

古い宇宙観は地球中心説だったが、宇宙の解明がコペルニクス、ガリレオ、ニュートンにより進む中で、地球中心説(=人間中心説)は捨てられ、また天の法則も地上の法則も同じであるという自然科学の見方に変わった。すなわち、科学による宇宙の解明がすすむほど、人間は宇宙にとって必然性のない存在に押しやられました。寂しい限りですが、私は次のように考えたい。

そこに見出される人間の姿は広大な時間と空間の中に放り出された孤独な姿である。それは見ようによっては庇護(ひご)するものを失った哀れな姿でもあるが、別の見方では何者からも自由な姿である。

また人間が自然の中で完全に相対化されたけれども、人間抜きに科学は語れるかといえばそうではない。確かに自然の側から見て人間にはなんの固有な“いわく因縁(いんねん)”はない。だから人間はなんの目印もない広大な平原に立った開拓者のようなものである。自然というこの広大な平原のどこに家を建て、開拓を始めるかは、平原の側からみてなんの“いわれ”もない。そこから一歩、一歩、認識の開拓を広げてきたのである。その地点は自然の側からみれば単なる偶然の地点だったかもしれないが、人間にとってはかけがえのない特別のものである。そこを出発点にして広げた認識は常に有限であり不十分なものだが、たえず広がりつつある。

このように、宇宙論がいくら人間の位置を相対化しようと、それは人間の宇宙論なのである。われわれは、放り出された時間、空間の広大さとなんの“いわれ”もない出生に孤独を感じるよりは、開拓地を築き上げてきた人類というコミュニテイーの連帯を感ずるべきであろう。そこに宇宙論の今日的意味があるのだといえるかも知れない。(「ビッグバンの発見」、NHKブックス、1983年)

■リスボンの大震災~人類は知的自由を磨け

ヨーロッパでは長いこと地震が起こっていないが、じつは1755年にポルトガルのリスボンで大地震と津波があり、7万人もの人間が死亡したという。この大災害によって、それまでヨーロッパ社会でゆるぎない信仰をあつめていたキリスト教への疑念が多くの人々に芽生えたと言われている。人間は神によって選ばれた存在であり、その恩寵(おんちょう)にあずかるために、キリスト教に帰依(きえ)するという信仰心にひびが入ったのです。一般の人にしてみれば「こんなひどい仕打ちをする神様とは何なのか?」という疑念です。人権思想や産業社会といった、他の要因で進行していた現代につながる社会の流れを加速した。

科学というのはまさにこの「流れ」の中で大きく進展したのです。神のお告げや神への懇願に頼るのではなく、人間が自然に直接に対峙(たいじ)して、生きていく「工夫」をし、何者にも囚(とら)われない「知的自由」を保たねばならないのです。神から解放されても、「知的自由」を奪う動きが次々に起ってくるのが人間の社会です。科学はそれに対する批判的な精神を維持するためにも大事なものです。

今度の大災害もまさに自然は人間のことなど気にはしてないことを悟(さと)らせてくれます。その猛威は、まさに科学が明らかにしてきたように、宇宙のおおきな仕組みの些細(ささい)なひだにはいつくばって生きている、人間という存在であることを納得させます。だから「天を恨んでも」仕方ないし、むしろ孤独だが自由な存在であり、そして人類が営々として築いてきた「工夫と知的自由」を磨いて自分で生きていかねばならないのです。そしてそれこそが「開拓者としての人類」が、人として、言語を共にする同胞として、同世代の勉学に励む学生として、互いに心を共にすることが出来る理由なのです。

本人写真

さとう・ふみたか/1938年山形県生まれ。
私の研究人生は次の本に書きました。「宇宙物理への道」岩波ジュニア新書

被災された生徒・先生方へ

私が大学に入学したのは今か55年も前の昔ですが、長く物理学の研究者をやってきました。「工夫と知的自由」の科学の研究に従事することは確かにすばらしい人生でした。しかし、現在、世界的に科学研究の業界は急速に変わりつつあります。みなさんが活躍する21世紀の科学の世界は、私が経験した20世紀後半の科学とは違っていくでしょう。その際に大事になるのは「開拓者としての人類」をわきまえて、人類の幸福に貢献する「工夫と知的自由」を磨くことだと思います。人々の社会から遊離して科学はあり得ないのです。この巨大な惨禍をいろいろなかたちで経験したことをしっかりと心に刻んで生きていって欲しいと思います。

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