災害に思いをはせる歴史研究が、復興の力に

河原 温   首都大学東京 都市教養学部 人文・社会系(歴史・考古学専攻)
中世ヨーロッパ史 /研究領域:中世・ルネサンス都市史、中世ネーデルラント史 ]

未曽有(みぞう)の大震災と津波によって、東北日本は今回甚大(じんだい)な被害を被(こうむ)りました。歴史を振り返れば、日本のみならず世界のいろいろな国々で、様々な災厄により多くの人々の命や生活が失われてきました。人間の歴史は、文明の発展の歴史だけではなく、時に文明の崩壊の歴史といえるでしょう。

今日、歴史を学ぶことにはどのような意味があるのでしょうか。私自身について言えば、私は子供のころから地理や歴史が好きでした。高校2年生の時、辻邦生さんの『背教者ユリアヌス』(中公文庫)という歴史小説を読んで大きな衝撃を受けたことを思い出します。主人公のユリアヌスは、紀元4世紀のローマ皇帝で、当時ローマの国教だったキリスト教ではなくギリシャの異教の神々を信仰したため、「背教者」と呼ばれた特異な人物です。この小説は、史実に基づきながらも、彼が当時のローマ世界の政治的変動に翻弄(ほんろう)されながら、32歳の若さで没するまでの一生を実に印象的な筆致で描いています。ローマ帝国という一大文明の崩壊期に生きた一人の皇帝の数奇な運命を追体験しえたことは、私がその後大学で歴史学を志し、歴史研究者になったきっかけの一つとなりました。

歴史上、様々な形で生じてきた「災厄」および「喪失(そうしつ)」の歴史とその記憶の継承という問題は、近年、歴史学が取り組みつつある課題です。私自身は、中世のヨーロッパという、日本からは時間的にも、空間的にも遠い世界の歴史を研究していますが、中世ヨーロッパもまた、ペストの流行や大飢饉(ききん)など実に様々な災厄に見舞われた時代でした。「災厄の歴史」を通じて、私たちは過去の時代に人々がいかに災厄に対峙(たいじ)し、それをどのように後世に語り伝えていったのかを過去の史料から読み解き、当時の人々の「思い」を追体験しようとしています。

今回の我が国の大震災も、そうした人間の普遍的なあり方(運命)において、とらえなおすことができればと思います。歴史は一回限りのものですが、私たちは、過去の世界における同様な体験の記憶から謙虚に学ぶことで、当時の人々の苦難を思い、自分たちの世界の復興に向けたポジティブな力を得ることができると考えています。

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かわはら・あつし/1957年東京都生まれ。
中世ヨーロッパ特に南ネーデルラント(フランドル)の都市社会の歴史を研究。中世の都市における人間関係や社会福祉施設(病院、救貧院など)の活動などを中心に、異文化としてのヨーロッパ中世世界を読み解く研究をしています。

被災された生徒・先生方へ

今回の震災で失われたものはもちろん大きいと思いますが、歴史に学びながら、皆さんの手で地域の精神的復興が成しとげられていくことを祈念します。

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