脱原発社会をどう作るか、政治学は正面から向き合う

千葉 眞   国際基督教大学 教養学部 政治学デパートメント・政治思想専攻
政治思想専攻 /研究領域:西欧政治思想史、政治理論、平和研究 ]

政治学は、アリストテレスによってマスター・サイエンス(建築学的学問)とも呼ばれ、多くの社会諸科学や人文諸科学の知見を総合して、政治社会や国際社会の将来の制度構想(デザイン)を描き上げ、その実現を目指すという課題と取り組む学問分野でもあります。3.11後の脱原発社会構築の制度構想を練り上げるのも、政治学の主要な課題となってきたと感じております。

東日本大震災は、大地震、大津波、放射能汚染という未曾有(みぞう)の大災害であることが判明し、日本は、1945年8月15日の敗戦後、最大の惨禍(さんか)に見舞われました。よく歴史学や社会科学の分野では日本の戦後はいつ終わったのか、まだ続いているのかという議論がなされてきましたが、2011.3.11は戦後日本がここで確実に終わったことを告げてくれたと思っております。今、政治学に求められておりますのは、3.11後の日本社会をどのようにデザインし、その制度構想をどのように作り上げていくのかという課題と正面から取り組むことであります。

この関連では、エコロジー・福祉・社会保障・格差の是正(ぜせい)と連帯・生命と人権の拡充・定常型社会・友愛社会という将来構想は、3.11後の日本社会を構想する上で喫緊(きっきん)かつ不可欠の課題になってきたと確信いたしております。これを一括(くく)りに脱原発社会構築のための制度構想(デザイン)と呼べないでしょうか。これは日本国憲法の積極的平和主義の原理とも適合する制度構想でもあります。というのも、積極的平和の概念は、エコロジー、自然との共生、生命と福祉、平和と社会保障、連帯と友愛、脱原発を含むからです。

今、明らかになりましたのは、10年余りの歳月をかけて、日本は脱原発へと舵(かじ)をとり、太陽光発電ほかの自然エネルギー供給システムに移行していく必要があるということです。ドイツほか世界の多くの国々に比べ、日本国内はまだまだ世論が弱く心配しております。今回の大災害は日本社会の断面図を鮮やかに示してくれました。大災害に対して被災地の日本人の示した忍耐力と冷静さと勇気とは世界でも賞賛された通りですが、日本政府や東電の対応のまずさや緩慢さや透明性の欠如(けつじょ)は、世界の多くのメディアで批判されている通りだと思います。もう一つ見えてきたのは、日本社会の変革への対応のにぶさです。先日の朝日新聞の世論調査によれば、将来の日本を脱原発の方向に再定位すべきだと明確に考えている人がまだ20%程しかいないということです。これほどの放射能禍(か)のただ中にあって何と低い数字かと思わざるをえません。

経済学者のE・F・シューマッハーは、かつて『スモール・イズ・ビューティフル』(英語原著1973年/邦訳書(小島・酒井訳)・講談社学術文庫、1986年)の中で原発のような自然との共生を許さない巨大テクノロジーを批判し、そこから脱却して「人間の顔をしたテクノロジー」、「中間規模のテクノロジー」へと舵を取る必要性を強く主張しました。大規模生産と大規模消費、巨大テクノロジー、経済成長のイデオロギーという戦後日本社会を導いてきた価値観から、生活の質の充実、福祉・社会保障の強化、エコロジーと自然との共生という価値観へと、3.11後の日本社会と国際社会は移行していく必要があります。そして日本は、その先端テクノロジーに一層の磨きをかけ、10年余りの歳月をかけて脱原発を推進させ、原発に依存することのないエネルギー供給の先駆的モデルとなり、それを諸外国に安価で輸出することができれば、これは日本のなし得る世界への大きな貢献になるのではないでしょうか。

いまだに解決をみない今回の放射能禍を通じて近隣の東アジア諸国や世界各国に深刻な苦痛を与えてしまったことへの多少なりの償(つぐな)いとなり、責任の取り方になるのではないか思います。そして何よりもまず、脱原発社会への移行は、今回の大災害によって尊い命を奪われた多くの犠牲者(無辜(むこ)の人々)への最大の償いであり、慰霊(いれい)となるのではないかと考えます。

先生の研究室や活動を知りたい人はこちら
国際基督教大学教員検索サイト
http://researchers.icu.ac.jp/Profiles/5/0000407/booksorpapar.html

先生への感想・質問がある場合はこちら
以下の大学の住所宛で
181-8585 東京都三鷹市大沢3-10-2  ICU政治学デパートメント
千葉 眞

本人写真

ちば・しん/1949年宮城県生まれ。
専門は広くは政治学ですが、狭くは西欧政治思想史・政治理論です。これまでハンナ・アーレント、宗教と政治、デモクラシーと市民社会、日本国憲法と徹底的平和主義、平和研究などのテーマで著書や論文を刊行してきました。現在は、(1)環境(エコロジー)と政治、(2)連邦主義の思想と制度構想という二つの著作と取り組んでいます。
趣味は少年時代はスポーツ大好き人間で、中高では野球部に所属しました。また山登り、ジョギング、散歩、音楽鑑賞が,趣味といえば趣味です。

被災された生徒・先生方へ

私自身も、宮城県古川(現在、大崎市)の出身で、今回の大震災に大きな衝撃を受けております。古川は県北内陸部にあり、沿岸部に比べて被災の大きさはまだ軽微でしたが、大地震の10日後に現地に参りましたら、倒壊した木造家屋も多く、商店街の多くの店が損壊し、道路や橋は一部破壊されていたりで、郷里の変わり果てた姿に涙しました。しかし、こうした大災害の中にあっても町の被災した方々の復興にむけた冷静で勇気ある前向きのお姿に感動しました。どうか心身の健康に気をつけて、一歩一歩前進していってほしいです。こちらも何ができるかをつねに模索していきたいと願っています。

本サイトは、経済産業省のキャリア教育事業の一環で作成した「わくわくキャッチ!」の独自コーナーとして、河合塾が作成し、運営しています。
Copyright(c)2011 Wakuwaku-catch.All Rights Reserved.
河合塾河合塾