今回の未曾有(みぞう)の大地震と大津波、原発事故は、われわれに多くを考えさせました。被害に遭遇(そうぐう)した方々には、心からお見舞い申し上げます。歴史上、世界のあちこちで、自然災害といえる出来事が社会の歩みを大きく変える事態が起こってきました。多くの火山をかかえ、地震が多い日本列島でも、古来そうした出来事との遭遇がしばしば起こり、それを乗り越えるなかで歴史が刻まれてきたことは、皆さんもよくご存知でしょう。
もちろんこう言ったからといって、今回被災された方たちへの慰めとなるわけではありません。しかし、とりわけ19世紀以来発達してきた科学技術を基盤とする経済社会の仕組み、それに伴う価値観について、大きな反省が求められていることは、今を生きるわれわれすべてにとって共通です。皆さん同士で議論してみてください。私自身、高校生のときに仲間同士で繰り返し議論したことが、のちの学問研究への原点になったと思っています。
学問として歴史を問うことは、今のわれわれの生き方を問うことと不可分な営(いとな)みです。たしかにそれは、事態のメカニズムを解析して将来に備える工学的学問のような、直接的な実用の学ではありません。科学技術の進歩は否定できませんが、他方われわれは、どの方向に向かって舵(かじ)を取るべきなのか、それを現実のさまざまな場で問う必要があります。価値観や文明観の模索、と言ってもよい。今を生きるために歴史を踏まえる、こうした問いこそが、今回の事態を通じても強く求められていると思えます。
どの分野に限らず学問研究は、手段としていかにコンピュータを駆使しようとも、手間ひまのかかる仕事です。歴史学の場合には、およそ現代的な経済合理性からは遠い、職人的な要素をもった学問です。しかしそうした素の人間としての営みこそが、現在求められている文明史的な転換に関する考察、新たな価値観の模索には必要なのです。君たち若い諸君こそが、これからのその担(にな)い手です。