科学的理論にとらわれず、ひたすら観察。そこに発見がある

和田 恵次   奈良女子大学 共生科学研究センター
動物生態学 /研究領域:海洋生物学、甲殻類学 ]

今から39年前、大学での研究というものに手を染めて以来、一貫して干潟(ひがた)のカニ類の生態、行動、分類、進化といった研究分野に取り組んできた。その研究姿勢というのは、強固な科学理論に裏打ちされたものではなく、自然の綿密な観察から新しい生物現象を見出すというものであった。

具体的な例を紹介しよう。干潟のカニにチゴガニという小型の種がいる。夏になるとハサミを振り回すダンスをすることで有名なカニだ。この種は、各個体がすみかとなる巣穴をもっており、その巣穴のまわりを他個体から防衛する。自分のために、一定の空間を防衛するなわばり行動は、どの動物でも見られるものであるが、このカニは、とんでもない狡猾(こうかつ)ななわばり維持行動をしていることを私は見出した。それは、けんかや攻撃といった直接的な排撃行動をせず、近くにいる特定の個体に“いやがらせ”と表現できる行為を行い、それによって相手が自発的に後退することを誘発させるというものである。

いやがらせの中味は、相手のすみかの横に、泥の壁を造ったり、相手の巣穴を泥でふさぐというもので、これをすれば、相手は近寄らなくなるのである。無脊椎(むせきつい)動物では考えにくい知的な行動をしていると云える。この行動の発見は、全く何の目的もなくチゴガニを見ていたときであった。野外で研究のためにカニを見るのは、その研究目的遂行(すいこう)のためであり、当然その目的に沿ってカニを見ているだけになる。つまりその目的に沿ったところしかカニを見ていないとも云える。さらにカニのような動物が、そのような狡猾な行為をすることはないという常識が、そういう眼でカニを見るようにさせる。

チゴガニのいやがらせ行動の発見は、科学的常識にとらわれず、何の目的もなく自然を捉えるところから新しい発見があることを示している。このいやがらせ行動は、干潟に巣穴を掘って生活しているどのカニでもするというわけではない。チゴガニなればこそ見せる行動の特性であるが、この発見は、動物の社会行動の認識を変えることになる。

生物多様性の重要性が叫ばれ、地球上で急速に進みつつある種の絶滅を防ぐ施策が求められている。生物多様性は、系の安定に寄与する点で重要であることは、最近の研究によって明らかになってきた。地球上の様々な生態系を維持する上で、多様な生物群集の存在は欠かせない。一方で、生物多様性を守る価値は個々の種のもっている固有の生物特性にあるという見方がある。エイズに効く薬成分をもっている植物種がいるのは人間の医療にとって重要であるというように、個々の生物種のもっている特性が、生命活動の理解や人間社会への応用に貢献するところがある。

チゴガニという種が、もし、いやがらせ行動をすることが知られないままに絶滅すれば、もはやこのような高度な社会行動をカニがするという認識を我々はもちえないままになっていただろう。個々の種のもっているこのような固有の特性を発掘する可能性をなくさないために、生物多様性は守られなければならないのである。

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わだ・けいじ/1950年和歌山県生まれ。
干潟の底生動物、特にカニ類の生態、行動、分類、進化を扱った研究を進めてきました。今回の地震の津波で大打撃を受けた仙台の蒲生干潟は、私の研究の最初のフィールドでした。

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