被災の道に点々と供えられた花、それが文学

今村 楯夫   東京女子大学 現代教養学部 人文学科 英語文学文化専攻
アメリカ文学・文化 /研究領域:比較文学、現代アメリカ文学、ヘミングウェイ ]

少年のころ、私はふと一人で自転車に乗って海を見に行きました。松林に近づくと波の音が聞こえ、松林を抜け、防波堤に出ると目の前には静かな青い海が広がっていました。その海をただじっと眺めているだけで心が晴れ晴れとして洗われたような気持ちになりました。私の家は富士山の麓(ふもと)にあって、田子の浦と呼ばれる海辺までは自転車で15分ほどのところにありました。「田子の浦ゆうち出でて見れば眞白にぞ富士の高嶺に雪は降りける」と奈良時代の歌人、山部赤人がうたい、これは私たちの故郷のために作ってくれたものだと思っていました。

このたび東北で起きた震災が毎日、テレビや新聞で報道され、津波の恐ろしさと残した爪痕(つめあと)を見るたびに、その情景は私の故郷の海と重なり、心が痛くなります。あたりまえだと思っていた風景が突然、消えてしまい、海が人の生命を奪い、家も畑もなにもかも奪い去ってしまいました。その現実を前にして、私は言葉を失いました。新聞に掲載される写真の一枚、一枚が新たな悲しみを増し、目のまえが涙で霞(かす)み、見えなくなってしまいます。震災以来、私は涙もろくなってしまったのかもしれません。

そんな中である一枚の写真が心に灯火(ともしび)を灯してくれました。それは瓦礫(がれき)がそのまま残された道端に、点々と黄色の菊の花が添えられている写真でした。誰が添えたのかは分かりません。でも誰かが、きっと、亡き人たちへの鎮魂(ちんこん)の祈りを捧(ささ)げてたむけたに違いありません。それはまた道行く人たちに向けて咲いているようにも見えました。破壊しつくされた街の道端で、新しい生命をわき起こらせる力のようにも思えました。道端に花を添えるという、その心がなによりもすばらしいことだと思いました。

私はこの巨大な自然の力の前で、人間がいかに無力であるかを改めて知りました。ひとりひとりの人間がもっている力は本当に微力です。でも、道端に菊の花を添えることができるように、ひとりひとりには何かできることがあるに違いありません。

私は大学でアメリカ文学を学生と共に学んできました。文学は「ことば」から成り立っています。震災以来、「ことば」を失っておりましたが、やはり私に出来ることは「ことば」で、何かを語り続けることなのだと思います。文学はちょうど、道端に添えられた花のような役割を果たすことができるのではないかとも言えます。ふと手にした一編の詩でもひとつの小説でもいいでしょう。それが心に響き、感動を呼びさまし、生きる力をわき起こらせることができれば、それでいい。そんな詩や小説との出会いをこれからも探し求め、いっしょに語り合っていきたいと思います。

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いまむら・たてお/1943年静岡県生まれ。
山と海に囲まれた故郷に育ち、アメリカの広大な大地を描いた文学との出会いによりアメリカ文学の研究にはいりました。大学での教育の在り方に多大な関心をもち、学生参加型授業による主体性・創造力・協働力の育成を目指しています。

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