自分の中の自分と他人

谷川 道雄   京都大学 名誉教授
東洋史 /研究領域:中国魏晋南北朝・隋唐史 ]

「道教の各教団は、みな次のように教えている。‥‥他人の幸せを願い、他人の苦しみをあわれむ。他人の急場を救い、他人の困窮を助けてやる。
‥‥他人が得をすると自分が得をしたように思い、他人が損をすると自分が損をしたように考える。偉ぶらずおごらず、自分よりすぐれた者をねたまず、人におべっかを使ったり陰で悪口を言ったりしない。こんな精神を身につけた者は福を天から授かり、やることすべて成功し、不老長寿の人となることも可能であろう」(道教は中国固有の宗教で、外来の仏教とともに中国人に信仰されてきた)。

これは中国の葛洪(かっこう)という人の書いた『抱朴子(ほうぼくし)』という書物の一節です、そのあとにはこれと反対に、他人を痛めつけて快楽を求める者のことを記し、こういう人間の寿命は縮まるのだと述べています。長生きするか短命に終るかというその結果は別として、自分が他人と共存してゆこうとするか、それとも他人を排除して自分だけがよい生活を求めてゆこうとするか、人間としての生き方が対照的にえがかれています。

この本の書かれたのは紀元4世紀の頃で、中国全土が戦乱や飢饉(ききん)で無秩序のどん底にあった時期です。人が人の肉を食うといった悲惨な状況さえありました。しかしそれだからこそ、他人の運命を自分のこととして考える思想が生まれたのです。この思想はその後千数百年も民衆のモラルとして生きつづけ、日本にも伝わりました。

いや、それは現代の日本にも息づいています。5月の連休が来るのを待ちかねて、スコップを手にして東北の災害地に続々と集まって来たボランティアの人たちは、まさしく「他人の災難を自分の災難と考える」人たちです。こうした人びとが居る限り、日本はきっと再起できるでしょう。

具体的な目標はまだ持てなくても、人びとの幸せのために人生を生きたいという志が、中高生のみなさんの胸の中にふくらんでくるのを期待します。大学をはじめ学校や予備校もそういう人間性を育てることが第一の使命なのですから。

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たにがわ・みちお/1925年熊本県生まれ。
本文にのべたような共生の思想が社会の混乱を克服して、ついに隋唐の統一国家時代を生みだしたプロセスの研究。
河合文化教育研究所主任研究員

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