社会の安心・安全は「公共インフラ」から~阪神大震災を経験して

宮本 文穂   山口大学 工学部 社会建設工学科
土木工学 /研究領域:橋梁工学、構造診断学、応用システム工学 ]

それは突然やってきた。あの一瞬から始まるできごとは、今でも鮮明に思い出す。1995(平成11)年1月17日に経験した、阪神・淡路大震災のことである。そして、このたびの東日本大震災の初期情報を知った時、当時の記憶が改めて強烈によみがえってきた。

阪神・淡路大震災は、真冬の早朝(午前5時46分)に起こった。自宅マンションにいたので、大きな揺れが収まってから、隣近所の建物の被害状況を少し見て回った。小高いところを削って建てたものが多い付近のマンションには、継ぎ目部および柱~梁(はしら~はり)部のコーナーに少しひび割れが見られる程度で、そうたいしたことはなく、「日本の耐震構造はたいしたものだ」と思ったことを記憶している。明け始めた空に何本もの黒い煙が遠く、近くを問わず立ち登るのが見えたとき、これはえらいことだと思ったが、停電で当初は情報をまったく手に入れることができず、後から知った被害の甚大(じんだい)さに息を飲んだ。

当時勤務していた神戸大学の研究室が気になり、かばんを抱えて家を出た。JR芦屋駅までは徒歩で約15分程度であるが、駅に近づくほど崩れた民家が多くなり、中には完全にぺしゃんこのものがあった。またRC構造と思われるビルまでが傾いており、地震のエネルギーはただ事ではないと思った。芦屋駅に到着したとき、駅のプラットホームが崩れ落ち、原形をとどめていなかったのにはど肝を抜かれた。携帯ラジオの声が、阪神高速湾岸線の西宮港大橋が落橋していることを伝えていたため、とりあえずカメラを探して、改めて家を飛び出した。少し下ったところでよく見ると、ニールセンアーチ橋のクラウン部が見えたため、ラジオの情報は誤りと判断した。

今度は、阪神高速神戸線のピルツ橋が倒壊したことを放送している。約20分かけて歩いて行った。国道43号線が芦屋川を横切る地点で神戸線を見上げると、ほとんど全ての橋脚に大きな損傷が見られ、また上部工の主桁(しゅげた)は北にずれ、悲惨な状態が目に飛び込んできた。さらに極(きわ)めつけは、そこからさらに西へ進むと、突如としてあの倒壊したピルツ橋の区間が、何にもたとえがたい無惨(むざん)な光景として目に飛び込んできた。私が倒壊現場に到着したのはまだ早い方で、人も車もそう多くはなく、目の前の光景は、何が起こったのかが信じられない事態であった。これらの構造物や家屋の倒壊状況などを見た第一印象は、構造物に対する非常に強い突き上げ力が被害を大きくしたという感じが強かったことである。

翌日は、JR神戸線沿いに徒歩で大学の研究室をめざした。約3時間半の道のりであったが、いたるところで構造物の損傷、倒壊など大きな被害が広がっていた。何とかやっと研究室にたどり着き、部屋の中の悲惨な状況を想像しながらドアを開けた瞬間、想像が現実となり、すぐさま閉じるより他なかった。文献、資料、本棚、パソコンや周辺機器などあらゆるものが、ほとんど目の高さまで折り重なって部屋を埋め尽くしていたのである。その後も大学には行ったが、地震関連業務や調査に忙殺され、しばらくは部屋を開けることができなかった。

地震後の調査を通じてコンクリート構造、鋼構造を問わず多くの橋梁(きょうりょう)などの多様な被害の状況を改めて目の当たりにしたとき、自然の手強さと人間の非力さを痛感したものである。同時に今後の教訓の一つとして、システム工学の考え方を導入したフェールセーフ構造の重要性を改めて認識した。

阪神・淡路大震災を経験してから、自然現象への畏怖(いふ)の念を忘れず、謙虚(けんきょ)な姿勢で日々の教育、研究に邁進(まいしん)することを強く心に刻んできたつもりだ。私たちの快適で安全・安心な日常生活を支えている、道路、橋梁などの“社会基盤構造物(公共インフラ)”は、大量に造る時代から、維持管理によって長寿命化させる時代に変わってきている。そのためには、橋梁など構造物の現状を健康診断(評価・判定)して、大きな災害にも最小限の損傷となるように、必要に応じて治療・リハビリ(補修・補強計画)する“構造物のお医者さん”のようなシステムの構築が必要となると考えてきた。それを発展させ、最近の私の研究は、コンピュータと最新情報処理技術を用いて、構造物の健康状態を自ら感知・診断し、常に安全な状態を保つように制御(せいぎょ)力を作用させるという夢のあるインテリジェント(知能化)構造物の技術開発が中心となっている。

このたびの東日本大震災の復旧・復興には、産業・物流などの経済活動を活発化させる必要があり、それらを支えるには、道路、橋梁などの“社会基盤構造物”は不可欠である。このような“社会基盤構造物”という宝物を次世代に引き継ぎ、安全・安心の公共インフラ整備を実現するために、ぜひ若い人には、社会基盤構造物を支える構造物のお医者さん(インフラドクター)を目指して頂きたいと強く希望する。

【専門用語の解説】
*RC構造:コンクリートと鉄筋を一体とした構造(鉄筋コンクリート構造)
*ニールセンアーチ橋:アーチ橋形式の一つで、斜めに張ったロープの直線と曲線の組み合わせが美しい
*クラウン部:アーチ橋の頂部
*ピルツ橋:“葦(アシ[ピルツ])に似た脚の長い橋の下側がすっきりした橋
*上部工:橋の上部部材の総称(橋の下側は下部構造という)
*主桁(けた):橋の上部工を支える主となる部材
*フェールセーフ構造:一カ所が壊れても全体の崩壊には至らないようにした構造

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みやもと・あやほ/1949年岡山県生まれ。
私のこれまでの人生の中で大きな節目は、学生時代の“大学紛争”と阪神・淡路大震災です。特に、後者では私が専門とする多くの構造物の異様な被害を目の当たりにし、自然現象への畏怖(いふ)の念を忘れず、謙虚な姿勢で日々の学問(教育、研究)に邁進(まいしん)することを心に刻んでいます。

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