学校で学ぶと奇蹟が起こる~すべてはよりよく生きるために

橋爪 大三郎   東京工業大学 大学院社会理工学研究科 価値システム専攻
理論社会学 /研究領域:宗教社会学、現代アジア研究 ]

食べ物が足りない。パンが五つと魚が少ししかないのに、群衆は何千人もいた。イエスはパンと魚を取って、人びとに配り始めた。全員が満腹してもまだ余った。福音書の伝えるイエスの奇蹟(きせき)である。

でも、こんな奇蹟はめったに起こらない。

パンや石油や電気のように、ないと困るものを、資源という。資源はいつも不足している。というか、十分にない(稀少[きしょう]である)ものを資源という。ゆえに値段がついて、売り買いされる。貧しい人びとは十分な資源がえられなくて、辛い人生を送ることになる。人類の不幸の大部分は、資源が足りないことに起因している。

奇蹟を起こせないわれわれは、ではどうしたらいいか。

まず第一に、資源(富)はつくり出すことができる。この活動が、労働である。人間が協力して、富を増やせばいいのである。農業であり、製造業だ。第二に、資源を運べばよい。足りない資源を、余っているところから運ぶ。これが、商業だ。このように、乏しい資源を豊かに分かち合うさまざまな活動がある。

科学は、これまで知られていなかった原理によって、新しい製品を生み出すことができる。技術は、資源を節約し、より多くの人びとが豊かさを享受(きょうじゅ)できるようにする。法律や、医療や、会計や、サーヴィス業も、人びとに必要で、幸せを増進する活動だ。

学校ではいろいろなことを習うけれども、結局はすべて、人びとがよりよく生きることに結びついている。それなら、資源を生み出し、人びとを幸せにするところを、頭に思い描いて勉強しよう。勉強こそ、かたちがなく目に見えないけれど、人びとを豊かにする奇蹟なのである。

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はしづめ・だいさぶろう/1948年生まれ。
社会には、法則性がある。それをつきとめるのが、社会科学。社会は生きていて、経済も政治も法律も、科学も芸術も、みんな連関している。それを解きほぐし、法則として発見するのが、社会学のつとめである。

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