トラウマを癒しへ。作品の力を最大限に引き出す文学研究

原 英一   東京女子大学 現代教養学部 英語文学文化専攻
イギリス文学 /研究領域:イギリス小説、イギリス演劇 ]

今は東京に住んでいますが、私の生まれ故郷は仙台です。仙台の海岸部には、子供の頃、海水浴や地引き網をして遊んだ浜辺、生きのいい魚介類が水揚げされる閖上(ゆりあげ)という小さな漁港などがありました。地元の大学の教員になってからは、宮城県から岩手県にかけての三陸沿岸の美しい入り江の町々、志津川、大船渡、釜石、宮古などを、教え子たちを訪ねつつ、巡(めぐ)ったこともありました。そのすべてが消え去りました。

私の専門はイギリス文学の研究です。今回のような大災害を前にして、文学に何ができるのだろうか、あらためて考えます。文学なんて何の役に立つのだろう。小説家や詩人なら、価値を生み出すことができるかもしれないけれど、その作品を研究する学者など、いてもいなくても同じではないか。こんな陰口が以前から何となく聞こえていました。しかし、今だからこそ、文学を研究することの意義を訴えたいと痛切に感じます。

多くの文学は何らかの大きな心の傷=トラウマを土台にして築き上げられてきました。私が研究しているチャールズ・ディケンズは、子供の頃に家族から引き離され、工場に働きに出されたことを、癒(いや)すことのできないトラウマとして抱えていました。彼は、小説家になってから、その辛い経験をさまざまな作品に取り込み、優れた文学へと昇華させていったのです。彼の創作の根本にあったこの経験と作品との深い関係を明らかにしていったのは、学者たちでした。そのおかげで、私たちは彼の作品をより深く理解できるようになったのです。優れた音楽が優れた演奏者によってはじめて生きるように、私たち文学の研究者は、作品の最良の読者でありうるのです。

今回の震災は多くの人々にとって長くトラウマとなって残るでしょう。しかし、そこから必ず文学が生まれてくるはずです。その文学が持つ癒しの力を可能なかぎり引き出し、高めるのが文学研究という学問の果たすべき役割になることでしょう。

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はら・えいいち/1948年宮城県生まれ。
18世紀以降のイギリス小説、とくに19世紀のチャールズ・ディケンズを中心に研究しています。「小説」というジャンルはどうして生まれてきたのか、その歴史をシェイクスピアの時代からたどって解明することを目指しています。

被災された生徒・先生方へ

震災後仙台に初めて入ったとき、街は異様なほど静かでした。何の前触れもなく日常を奪われて、言葉を失わないはずはありません。しかし、恢復(かいふく)のための、前進するための力は、その静けさの中にこそ、少しずつ蓄えられつつあるのです。

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