ボストンマラソンの勇者~自分の夢に言い訳しない

増保 安彦   東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科
創薬ゲノム科学 /研究領域:抗体創薬、分子生物学、タンパク質工学 ]

たくさん勉強をして、難病の子供たちを救う医者になりたい。私は社会の誤りを正す弁護士になりたい。僕は脳のメカニズムを明らかにしたい。そんな夢があるけれど、自分はそれほど頭がよくないのではないか。親に負担をかけたくないから早く社会に出よう。果たせるかどうか分からない夢よりも、現実的な職業が大切なのではないか。親が別の方に進むように願っている。君はそんなふうに躊躇(ちゅうちょ)しているのではないだろうか。

30年前の春だった。留学していた私は、家族を連れてボストンマラソンを見に出かけた。走者が私たちの前を駆け抜けていく。数百番目になって、前方から異様な歓声が聞えてきた。その歓声と拍手は次第に大きくなり、近づいてくる。何が来るのだろうか。身を乗り出す。前方に見えてきた。颯爽(さっそう)と駆けてくる痩身(そうしん)の走者たちに混じって、車椅子(いす)を押して走ってくる男。来る、来る、ひた走りに走ってくる。マラソン走者には似合わないがっちりした大きな男。車椅子の背を抱えて、春の陽(ひ)に髪を光らせ、まっすぐ行く手を見つめて、表情は動かない。割れんばかりの歓声の中で、その男の太いたくましい脚が轟(とどろ)きをあげて、大地を蹴っていく。車椅子には、トレーナーを着た十二、三歳の男の子が座っている。脚を前に投げ出し、胴をたすき掛けにした紐(ひも)で車椅子にきつく結わえられている。何を指すでもなく腕を両方に広げている。喜んでいるのだろうか、それともこの子も必死に走っているのだろうか。男の幅広い背中が、ゴールのボストン・コモンに向かって走り去っていった。

君たちは、この父親に向き合って、自分の夢に対する言い訳をすることができるのだろうか。

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ますほ・やすひこ/1946年埼玉県生まれ。
30年近く製薬企業の研究所で働く。抗体を用いた制がん剤と感染症治療薬を目指してきた。9年前に大学に赴任。趣味はクラリネット演奏。中学のブラスバンドは、全国で3位だった。山本周五郎や藤沢周平の小説が好きだ。

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