My History

My History ~ 飛んだ!黒い飛行機
榊原定征 (さかきばらさだゆき)さん
東レ株式会社
代表取締役社長 兼 最高経営責任者(CEO)
高校生のころから、40年以上も持ち続けた夢が、ついにかなった――。
そう話す榊原さんは、日本を代表する繊維メーカー 東レの社長です。
大学で工学部に進学したことで、研究していくことの楽しみを知りました。さらに研究と開発の知識を持った交渉の担当者として、国際的な交渉の場で新たな道をひらいてきました。
不況の中にあっても技術の力を信じ、社員を大事にする注目の経営を行い、日本の経済界をひっぱっています。
そんな榊原さんの夢。
それは、『黒い飛行機』でした。

今から50年ほど前、榊原さんが高校生のころ、夢の材料『炭素繊維』が日本人研究者の手で発明されました。重さは鉄の4分の1、強さは10倍。炭素の糸なのでさびたりくさったりせず、のびたりも縮んだりもしない。細い糸状で加工しやすく、火にも強い。そして、色は真っ黒…。そう、それが『黒い飛行機』の正体です。

鉄よりも強く、アルミニウムよりも軽い炭素繊維は、“夢の材料”

学校の図書館で雑誌をめくっていたら、その記事が目にとまったのです。
「アルミよりも軽く、鉄よりも強い『炭素繊維』は、将来、アルミ合金に代わって飛行機の機体の材料になるかもしれない!」
当時は太平洋戦争後の復興で、日本の経済がようやく活気を取り戻そうとしている時期でした。戦争に負けた日本人の発明が世界をリードする画期的な成果をもたらすかも知れないという記事に、とてもわくわくし、わたしも将来は、どの道に進めばそのような大きな仕事ができるのだろうと考えました。

そして榊原さんは高校を卒業すると、大学の工学部に進みました。

応用化学科に入り、とにかく明けても暮れても実験の毎日でした。新しい化合物を自分の手で作るのが楽しくて、研究室に寝袋を持ち込み、ビーカーでラーメンを作って食べながら、夜も1時間ごとに起きては実験の進み具合を観察しました。合成実験が成功すると、それを論文に書いて学会誌に投稿するのです。雑誌に名前がでるのがうれしくて、1年に10本以上書いたこともあります。好きなことを存分にやって、とても楽しい学生時代でした。

大学院を修了して1967年に東レ、当時の東洋レーヨンに入社。

東レを選んだのは、この会社が炭素繊維の研究を手がけていたことをぐうぜん知ったからです。入社後のわたしは滋賀県大津市の中央研究所に勤務していましたが、5年目に希望がかない、炭素繊維の研究グループに入りました。
「東レの炭素繊維で作った『黒い飛行機』を世界の空に飛ばそう」
それが、当時のわたしたちの合言葉。高校生のとき夢に描いた『黒い飛行機』に、仕事として取り組むことになったのです。

炭素繊維のように軽くて強い素材で作った飛行機なら、安全性が高まるうえ、燃費も良くなるので地球環境にも優しい。いいことずくめのようですが、航空機に採用されるのには時間がかかりました。

世界最大の民間ジェット機メーカー、ボーイング社の工場は、アメリカ・シアトルの郊外にあります。何とか炭素繊維を飛行機の機体に使ってもらいたいと、何度もシアトルを訪れて、材料としての認定を受けるための努力を続けました。
飛行機の材料として使われているアルミ合金は金属の“板”。炭素繊維は“糸”です。どっちがじょうぶなのか、どっちが安全なのか、くらべる方法さえありませんでした。飛行機の材料として適していることを証明するために、どういう方法で試験するのか、どんなふうに加工して使えばいいのかなど、時間をかけて説明しました。

そして、1975年、ボーイング社の新しい旅客機ボーイング737の機体の一部に、初めて採用されることになったのです。

その後、研究の現場をはなれ、経営者として会社の舵取りを任されるようになっても、『黒い飛行機』への熱意は変わりませんでした。ようやく、炭素繊維が使われる部分が少しずつ広がり、1995年にボーイング777の尾翼に採用。そして、ボーイング787という新しい飛行機では、胴体を含めた全構造材の重量の50パーセントに炭素繊維が使用されることに。正真正銘の『黒い飛行機』が、ついに世界へと羽ばたくことになったのです。

2006年4月。アメリカ・シアトルのボーイング社で「航空機用炭素繊維の長期供給契約」の調印式が行われました。ボーイング787の機体に使う炭素繊維は、今後16年間、唯一、東レが供給するという約束です。東レの社長として調印の式典に臨んだ榊原さんはこうあいさつしました。
「わたしの高校生の時の夢が、四十余年後の本日、現実のものとなりました」

ボーイング社のマックナー二社長と。榊原さんは、ボーイング社との契約式典で、「高校時代からの夢が実現しました」とあいさつしました

大きな目標を達成したこの年、実は、もうひとつ、高校時代からの夢を実現しました。それは、ダーウィンの進化論で有名な『ガラパゴス諸島』を訪れたことです。高校1年生のときに、学校の授業でダーウィンがビーグル号で世界を周航し、この島を訪れたという話を聞き、『ビーグル号航海記』を読んでからというもの、いつかこの島に行ってみたいと思っていたのです。

夢をあきらめなかったからこそ、かなえられました。

わたしは大きな夢を、2つも実現することができました。でも、実現できなかった夢だって、たくさんあります。大切なのは大きな志、高い目標、そして夢と希望を持って生きること。いろいろなことに興味や関心を持ち、美しいことにはすなおにおどろき、感動する感性を持ち続けること。世の中には、まだまだわからないことや感動することがたくさんあります。それを自分の目で見てみたい、自分の力で解明してみたい、そういった夢や志をいつまでも持ち続け、その実現に向けて前向きに努力すれば、いつの日か道は開け、その夢や志が実現する日が来ると思います。

プロフィール 榊原定征(サカキバラサダユキ)

1943年生まれ。高校時代に、「繊維が鉄よりも強くさびない」というニュースを読んで「この技術で世の中を幸せにしたい」と大学の工学部に進む。卒業後、東洋レーヨン株式会社(現、東レ)に入社。繊維で作った飛行機を世界に飛ばしたいと事業を広げ、ボーイング社との契約を実現。現在、同社社長兼CEO。日本経団連副会長、総合科学技術会議議員。

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